ベトナム:死者の霊守る木像の窃盗相次ぐ
観光客に高額で売り付け
彫り師の後継者不足も深刻
少数民族の伝統文化が危機に
インタープレスサービス(IPS)2002年7月18日
http://www.ipsnews.net/jp/2002/07/18.html
ベトナムの中部高原地帯で今、少数民族が代々引き継いできた伝統儀式が消える懸念が高まっている。そのひとつが、死者の霊を守るために彫られた古い木像が相次いで窃盗に遭い、無神経な観光客に高額で売りつけられていることだ。さらに、少数民族のこの風習を今に伝える木像の彫刻師が年々減っているのに、伝統の技を引き継ぐ若者がほとんどいないのも追い打ちをかけている。中部高原地帯の古老たちは、少数民族が大切に守ってきた素朴な美を見せる木像が将来、姿を消してしまうと頭を痛めている。社会主義型市場経済を目指すドイモイ(刷新)政策下のベトナムで、経済発展の陰で伝統文化のひとつが消滅の危機に直面している。
【ハノイIPS(チャン・ディン・タイン・ラム記者)】
ベトナムの首都ハノイで、土産物屋の主人が客に近付き、飾ってあった長さ40センチほどの木製の像を指しながら、「これは100年前に彫られた物で、買い得だよ。特別値段で80万ドン(約6200円)でいいよ」と持ちかけてきた。
主人は、この種の物で店で売っている像では一番安いと念を押すのも忘れない。確かに、その像のすぐ横にある、太鼓をたたく男性を彫った少し大きめの像は「売約済み」の札が付き、値段は120万ドン(約9300円)だった。
こうした木製の像は同国中部高原地帯に住む少数民族が、死者の霊を守るために作ったもので、売り物ではなく、もちろん、値段などは付いていない。店の主人は否定するのに躍起だったが、木像が中部高原に広がる各県からこっそり持ち出され、売られているのは間違いない。中部高原地帯の県では、こうした木像が墓を守るように置かれている。
▽今年だけで100体盗まれる
「ここの人たちはほぼ連日のように、墓に置いていた木像がなくなっている、とこぼしています」と語るのは、ダクラク県で木像づくりを生業にしているイ・シュー・ジョアイさんだ。
ダクラク県の文化情報局の役人も「今年に入ってからでも約100体の木像が盗まれました。昨年はもっとひどい状況でした」と、墓荒らしにも似た不届きな行為に怒りを見せる。
県関係者たちは盗まれた木像がどこに持っていかれるのかを良く分かっている。行き先はハノイ、ホーチミン、フエ、ダナンといった都会や有名観光地の土産物屋だ。木像はこうした土産物屋にやって来る旅行客に法外な値段で売られているのだ
▽少数民族に物心両面で苦痛
南部のジアライ県の裁判所でこのほど、木像窃盗で捕まった犯人2人の裁判が行われ、その際、2人はできるだけたくさんの木像を墓地から盗めと言われたという。2人に窃盗を指示した者は「木像は旅行客に人気がある」と聞かされたと証言した。
証言によると、2人は狙いを定めた村に入ると、村人たちから墓地の場所を聞き出し、夜になるのを待って、盗み出していたという。
頻繁に起こる木像の窃盗事件に対し、中部高原地帯に住む少数民族の人たちは驚きを通り越した気持ちに襲われている。イ・シュー・ジョアイさんは「木像は私たちにとりとても大切な物なのです。木像を盗まれた家では、葬式を執り行う建物の前で、死者に許しを乞うための儀式を行わねばなりません。そうしないと、自分たちに禍が降りかかると信じているからです」と話し、木像窃盗という心無い行為が少数民族の人たちに物心両面で困難をもたらしていると怒る。
中央高原地帯の人々は、人間は死後、その魂が霊界へ行き、もう一度、人間に生まれ変わってこの地に戻るのを許されるまで、そこにとどまっている、と信じている。
▽死者への愛情込もる木像
墓に置かれる木像は、そうした死者が霊界にいる間の守護者そして同行者であり、さらに、死者への深い愛情を表したものだと信じている。
墓地に置かれた木像は、山中の葉で作ったひさしに守られながら立っている。さまざまな形に彫られた木像は長い年月にわたり、中部高原の美しい景色の一部にとけ込んできた。木像は死とつながる物でありながらも、地元の少数民族が日常生活の中で見せる素朴な美、現世と死の世界を結ぶ超現実的な世界を表している。
こうした木像は、死者が墓(現世)を離れる儀式の時に彫られる。それは、死者の「生」と「死」を最後に分かつことを象徴する儀式だ。今日でも少数民族の人たちは、イ・シュー・ジョアイさんのような昔からの彫刻師に木像彫りを頼んでいる。
▽材料不足も深刻化
木像のスタイルは、仕事中の姿から自動車、果ては飛行機まで実にさまざま。材料は地元で採れる木で、ナイフや時には台所用の鋭利な刃物を使って彫られる。
古老や県関係者たちが今頭を痛めているのは、木像の窃盗や無神経にもこれを買う旅行客たちの存在ばかりではない。木像がザオ、ジャライ、マナ、モンといった少数民族が持つ文化の重要な一部となっているにもかかわらず、こうした木像を彫れる職人が年々少なくなっていることだ。
それだけに年月を経てきた古い木像が盗まれるのは、中部高原地帯の地元民たちにとり計り知れない痛みであり、盗みが続き、彫刻師がいなくなれば、将来、死者の霊を守る木像が姿を消してしまうのではないかと恐れている。
もうひとつ、木像の原料となる木がほとんど見つからなくなっているのも心配の種だ。古老の彫刻師は「木像はこれまで、長い年月にも耐えられる木で作られてきましたが、不運にも、こうした木がなくなってしまいました。今では長持ちのしない別の木で木像を作っています」と寂しげに話す。このため、現在の木像はばらばらになって崩れたり、腐ってしまうという。
▽彫り師の息子はツアーガイド
さらに悪いことには、中部高原地帯では彫刻師、それも死者の霊を守る木像の彫り師になろうとする若者たちがおらず、いわゆる後継者問題が深刻化しているのだ。ギアライ県の彫刻師の1人は「今の若者たちは新しい物好きで、伝統を引き継ぐという考えを持っていません」と嘆く。
木像彫りを今に伝えるイ・シュー・ジョアイさんも息子のイ・キンさんが伝統の技を引き継ぐ気持ちをもっていない、とため息をつく。これに対しイ・キンさんは「墓の飾りなんて何の意味もありません。どうして墓を飾らねばいけないのでしょう。死はすべての終わりなのです」と話し、少数民族の伝統的儀式には全く関心がないと強調する。
イ・キンさんが父親の仕事を継ぐことはない。21歳になるイ・キンさんは今、ツアーガイドとして働いている。少数民族の若者たちの間で、伝統文化を継承しようとする考えが確実に薄れている。
(訳・編集/ベリタ通信=山田道隆)
【メモ】ベトナム観光と少数民族
ベトナムを訪れる外国人は年々増え、中でも中国と日本からの訪問者が断然多い。昨年1−9月までの統計によると、全訪問者数は214万人で、このうち中国人が約61万人、日本人が約19万人。航空便は今年に入り、成田−ホーチミン路線が8便になったほか、同6月には成田−ハノイ路線が開設された。国内に54の少数民族が確認されている。最大の少数民族は北部を中心に暮らす「キン族」。キン族の南下にともない、他の少数民族がキン族に追われ、山岳部に移り住んだとみられている。
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